1)平等性と公平性
平等性と公平性について語られるとき、よく用いられるのがこの図です。日本の公立小学校では未だ「平等性」が重視され、「公平性」についてあまり語られないのが実情ではないでしょうか。皆んなで同じことを、同じ時間に、同じ方法で学ぶことが殆どです。先生が特定の生徒に異なる指導をすると、保護者から「平等ではない!」と批判される恐れがあるのかもしれません。「なんでうちの子はこうなのに、あの子はこうやってるのですか? それはひいきじゃないですか?」みたいに。
図:平等性(左)と公平性(右)を表したイラスト
2)IB教育における学習者とは
さて、IB教育における学習者とは誰のことなのでしょうか。それは、全ての児童生徒であり、以下の項目によって排除をしないと定義されています。
・社会的地位
・経済状態
・言語
・性別
・人種
・民族性
・Dis/ability(障害はここに含まれます)
『IBでは、「特別/普通/普通でない」と学習者にレッテルを貼らない』としています。また、「IBは学習環境が柔軟性を持っていることを期待する」ともあります。つまり、学習者の状況に合った学習環境を提供することに期待しているのです。IBでは学習環境の音響・照明・空間のあり方まで配慮されており、全ての学習者に不利益がないようにしているのです。
3)児童生徒への評価
児童生徒への評価には、以下の点において柔軟性が必要であるとしています。
・試験やコースの期間、あるいは締め切り
・教室
・試験の掲示や情報提供
・回答の方法
・人的援助の活用
・個々の児童生徒のための標準的ではない柔軟性>合理的な調整へのアクセス
児童生徒の本来の能力を正しく評価するためには、その児童生徒が能力を発揮できる環境下で評価する必要があります。良く考えればあたりまえのことですが、そうでないケースが多くあるのではないでしょうか。聴覚障害で例えれば、難聴児が聞こえにくいことが問題なのではなく、聞こえにくい環境で教育をしていることが「障害」なのだということです。
4)学びのユニバーサルデザイン(Universal Design for Learning Guidelines、以下UDL)
UDLは米国マサチューセッツ州にある研究団体CASTが障害の有無など様々な背景にかかわらず、多様な学習者すべてに等しく学習の機会を提供できるカリキュラム(教育の目標・方法・教材教具・評価)を開発するためにまとめ3つの原則と、それぞれに対応したチェックポイントで構成されています。
国際バカロレアが実践してきたことも、この考え方に近いということで、紹介がありました。様々な教育現場だけでなく、社会のあらゆる場面で活用できるのではないかと感じました。
UDLについて日本語で説明されているWEBサイト「UDL情報センター(http://www.andante-nishiogi.com/udl/)」より、UDLについての説明を引用させて頂きます。
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学びのユニバーサルデザインは 米国マサチューセッツ州にある研究団体CASTが障害の有無など様々な背景にかかわらず、多様な学習者すべてに等しく学習の機会を提供できるカリキュラム(教育の目標・方法・教材教具・評価)を開発するためにまとめ3つの原則と、それぞれに対応したチェックポイントで構成されています。
(中略)
学びのユニバーサルデザインとは?:
学びのユニバーサルデザインUDLは、全ての人に等しく学習の機会を提供するカリキュラムを開発するための一連の原則です。
UDLはすべての人に効果的な教育の目標、方法、教材教具、評価を作るための青写真を提供します―それはある一つのものであったり、全ての人に一つのものを合わせるような解決方法だったりということではなく、一人一人のニーズに合わせて変更(カスタマイズ)や調整が可能な、柔軟なアプローチを指します。
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CASTが提供しているUDLガイドライン等の日本語版がこちらからダウンロード出来ます。
http://www.andante-nishiogi.com/udl/
そして、英語ですがCASTの「The UDL Guidelines」はこちらです。
http://udlguidelines.cast.org
かなり膨大な情報量があるので正直私もまだ消化しきれていません。これからじっくり読み、教育者としても活用していきたいと考えています。
<英国やスコットランドにおけるインクルーシブ教育>
日本のインクルーシブ教育について考えるために、他の国についての事例報告を聞きました。学童期の体験は人格形成にかなり影響を及ぼすと考えられます。私も、学童期の体験が今でも頭をよぎることは良くありますし、今の人格の基礎がその時に作られたのだろうと思い当たる節もあります。
英国の場合:
すでにご存知の方も多いかもしれませんが、英国にはOfstedと呼ばれる学校評価があります。政府からも独立した組織のようで、アポイント無しで学校を訪問し、生徒へのインタビューも含め細かく調査を行うそうです。もちろん、インクルーシブ教育についても調査があり、教育方針に偏りがあれば注意されるようです。良い評価を得た学校は「Outstanding(優良)」や「Good(まあまあ良い)」といった垂れ幕を校門などに表示することが出来るとのことです。日本では考えられない仕組みですが、昨今の学校を取り巻く課題を考えると、このような仕組みがあっても良いのかもしれません。
スコットランドの場合:
スコットランドは英国を構成する一地域でありながら、独立した教育システムを持っています。スコットランド議会が発足して以降、全ての児童を原則として通常学校の通常学級で教育する、いわゆるインクルーシブ教育を推進してきました。そのため、特別学校在籍者数は減少しており、特別学校の数自体も減少傾向にあるようです。
同じクラスの中で同じ科目を実施しますが、習熟度や生徒の特性に応じてグループ分けをして、「先生による授業」「ワークシート」「ゲーム」など、方法を変えて授業を進めるそうです。リテラシー(読み書き)の授業では、他の教室に少人数ずつ呼ばれ、個別指導が行われているようです。また、スコットランドでは子どもたちの状況に応じて2学年を1つの学級にすることができ、優秀な生徒が1つ上の学年に混ざって一緒に授業を受けることがあるそうです。日本では「ふきこぼれ」と言われていることへの対策になるでしょう。
スコットランドのインクルーシブ教育はかなり進んでいますので、今後も学べることがたくさんあるでしょう。
<全盲の学者「広瀬浩二郎さん」のお話>
本学会において、一番インパクトがあったのが、全盲の学者「広瀬浩二郎さん」の話でした。広瀬さんの"障害"に対する考え方は、健常者にはなかなか想像するのが難しい、本当の意味での"ダイバーシティ"という考え方でした。
配布資料から少し言葉を借ります。
-------(以下、引用)-------
(前略)
「私たち(健常者)」と「彼ら(障害者)」の間には、対話を阻む檻が厳存していることを忘れてはならない。そもそも、社会全般を支配する"理"とは、健常者が創出したものである。障害者がこの"理"に合わせることを一方的に強いられるのなら、差別解消は絵に描いた餅で終わってしまう。「合理的配慮」の追求は、ややもすると「合理的排除」を惹起しかねないのである。
(後略)
-------(ここまで)-------
配布資料には沢山のことが書かれていますし、お話もかなりの内容がありましたら、ここだけ抜き出しても伝わらないかもしれません。しかし、広瀬さんがおっしゃることは正論だと感じたし、健常者目線でしか考えていなかった自分のことについても、ハッとさせられる話だったと思います。
広瀬さんは、「ユニバーサル・ミュージアム」という取り組みをされています。バリアフリーや弱者支援とは全く違う考えで、「視覚障害者が楽しめる→視覚以外の感覚への気づきを促す→視覚偏重の現代社会のあり方を問い直す」という流れで発展・深化しているとのこと。「見えない」のではなく「見ない」ことを選択するミュージアム。見える人は、パッと見て材質や大きさなどを把握してから触りますが、「あえて見ない」ことにより、手の感触から材質や大きさを想像しながらその作品を楽しむことが出来るのです。
今回配布された資料の中に、このように点字が一面にプリントされている展覧会のチラシがありました。点字があることで全盲の方にも情報が伝わるだけでなく、見える人にも凹凸があることで、デザインから何かを感じ取って欲しいというねらいがあるそうです。
図:点字がプリントされたチラシ
「誰か」が「誰か」を助けるという考えから、みんなが「共生する」という社会に変わっていくのが、これからの時代なのだと感じました。確かに、私は聴覚障害の娘から沢山のことを学んでいます。私が彼女を助けているのではなく、お互いに大切なことを与え合っているのだと心の底から思います。これは、「誰」と「誰」だろうが、同じことが言えるでしょう。
<日本特殊教育学会とは>
日本特殊教育学会は、1963年の設立総会を兼ねた第1回大会の開催(東京教育大学)から半世紀余の歴史を数えます。当時は盲学校、聾学校教育の義務制の完成とその教員養成大学・学部が整備され、養護学校の設置、関係学習指導要領の告示、そして養護学校教員の養成課程開設の緒に就いたときです。高度経済成長を背景に、戦後の特殊教育の制度化、振興への胎動を強く感じられる頃でした。1979年の養護学校教育の義務制実施、1993年の通級による指導の制度化、1999年の学習指導要領の改訂による自立活動の成立と個別の指導計画の作成義務付け、そして2007年の特殊教育から特別支援教育制度への転換など、この間は、まさに特殊教育にとって激動のときでありました。本学会は、戦後のわが国の特殊教育とともに歩んできたといえます。2012年の大会は50回の節目を迎え、つくば国際会議場で多くの参加者を得て開催したところです。(後略)[日本特殊教育学会HPより]
詳しくはホームページをご参照ください。
一般社団法人 日本特殊教育学会 http://www.jase.jp